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東京地方裁判所 昭和51年(ヨ)2386号 判決 1978年9月28日

申請人

井上晃

被申請人

学校法人中央工学校

右代表者理事長

大森厚

右訴訟代理人弁護士

古賀猛敏

関根和夫

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

第一申立

一  申請の趣旨

(一)  申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

(二)  被申請人は申請人に対して九万三六〇円及び昭和五一年一〇月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一一万八、九〇〇円の金賃を仮に支払え。

(三)  訴訟費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

(申請の理由)

一  被申請人は教育基本法及び学校教育法により私立専修学校を設置することを目的とする法人であり、その学校として中央工学校を設置している。

申請人は昭和四九年四月一日被申請人に雇用され、中央工学校機械設計科の教員として機械学、力学演習、実験実習、通信教育等の科目を担当していた。

二  被申請人は昭和五一年一〇月七日以降申請人が被申請人に対し労働契約関係上の地位を有すること争っている。

三  申請人の同年九月当時における月額賃金は基本給一一万九〇〇円、研修手当五、〇〇〇円、住居手当三、〇〇〇円の合計一一万八、九〇〇円であった。

四  申請人は労働者であって被申請人から労働契約関係上の地位を否定され、賃金の支払いを受けられなければ生活は破綻してしまう。従って申請人は本案判決の確定を持っていたのでは著しい損害を破る慮れがある。

五  よって、申請人は、申請人が被申請人に対し労働契約上の地位を有することを仮に定めること、及び同年一〇月分残賃金九万三六〇円の支払いと同年一〇月一日以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り月額一一万八、九〇〇円の賃金を仮に支払うことを求める。

(申請の理由に対する答弁)

一ないし三の事実は認め、四の事実は否認する。

(抗弁)

一  解雇の意思表示

被申請人は申請人に対し昭和五一年一〇月七日付内容証明郵便をもって同日限り申請人を解雇する旨の意思表示をした。

被申請人の就業規則第一三条(4)は解雇することがある場合として「甚しく職務怠慢か、または勤務成績劣悪で業務に支障が生ずる場合」を定めている。本件解雇は同項によりなされたものである。

二  解雇の理由

(一) 被申請人設置の中央工学校は明治四二年に若年勤労学生に対し工業技術を教授し、実務的な中堅技術者を育成する目的で創設されたわが国で最も歴史のある工業技術専門学校であり、昭和五〇年までは学校教育法八三条に基づく各種学校として、建築、土木、機械、測量等の職業に直接必要な知識と技術を習得させる教育機関であったが、昭和五一年以降は昭和五〇年法律五九号学校教育法の一部改正による専修学校制度の創設に伴い、同法八二条の二以下に基づく私立専修学校としての認可を受けたものである。

中央工学校は右のような創設の趣旨及び学校教育法令に従い、修業後は直ちに実務に携わることのできる中堅技術者の養成を目的とし、そのための教育指導の基本理念を「理論より実際」におき、徹底した実務教育を施すべく教課内容を組んでおり、直接教育に従事する教員の任用にあたっても、担当する教育に関して専門的な知識、技術、技能等を有することを基準としてきたもので、とくに専修学校認可後は教員について法令による資格基準も設けられるに至った。

なお、中央工学校の学生数は昼間部三、五五〇名、夜間部二、二〇〇名、夜間部別科廷べ三、三〇〇名で教職員数は約三三〇名である。

(二) 申請人は、被申請人の新聞広告による教員募集に応募し、中央工学校の教員として採用されたものであるが、被申請人はその任用の際、申請人の教員としての専門的知識、技術、技能等については、本人の経歴(東海大学工学部機械科卒、工業教員二級免許、職歴)及び申請人の親兄弟の経歴を重視して十分であると判断し、また多少の問題点は本人の自覚と研修により、今後十分補うことができると考え採用したものである。

被申請人は申請人の経歴に鑑み、機械設計科に配置し、専任講師に任じた。同科における設計製図の基本的な方針は実務に直結した製作図面の作成を可能とする「製図技能」を基礎とし、これを多様な機械設計技術部門に、適応させることにあり、この科の教育を担当する教員は設計製図技術について実務的に相当高度な技術能力を要求されている。

(三) しかるところ、採用後の申請人の勤務態度には次のような問題点が生じた。

1 被申請人は採用後一年間は、まず申請人に対し、中央工学校の指導形態、方法、内容を理解し、将来これに沿った指導を可能とすべく期待し、主任教員の補助者としての業務を行なわせたので当初申請人の技術能力を疑わせるような事態は直接表面化しなかったが、その間においても昭和四九年度後期(同年一〇月から昭和五〇年三月まで)に申請人が単独教員を担当した第1学部(昼間部)の「機械学」及び第2学部(夜間部)の「機械製図Ⅰ」について指導上の問題が出始め他の担当講師から同科の科長である佐野京亮教諭(以下単に佐野科長という)に対して申請人の技術能力の欠如、とくにその設計製図技術に関する実務的能力の欠如を指摘する報告がなされるようになった。

2 昭和五〇年四月、機械設計科の計画に基づき、申請人に対し、製図実習テキストの一部改訂(レベルト車、フランジ軸継手の製図に関するもの)を前沢武夫教諭(以下単に前沢教諭という)と分担して行なわせたところ、申請人の作成した原稿は単に他の参考書を切抜き編集した体のもので用をなさず、やむなく科長自ら改訂原稿を執筆した。また学生からも申請人についての指導上の不満が聞かれた。

3 同年一一月以降、主任教員である田中克己教諭(以下単に田中教諭という)の病気入院により佐野科長自ら担当科目を申請人と分担指導することとし、機械製図の途中検図を申請人が、同最終検図を同科長が担当したところ、学生から申請人の検図の指導内容に相違があるとの不満が出たため、やむなく途中検図も同科長が共同担当し、申請人に検図方法の要点と要領を会得せしめることとした。

また同年一〇月以降第2学部「機械製図Ⅱ」を前沢教諭と分担させたところ、同年一二月中旬、学生から申請人の図面製図上のミスの指摘が不適当であるとか質問に対する回答が不明確である等の苦情が前沢教諭に出されるようになったので、報告を受けた佐野科長はやむなく申請人の担当分を前沢教諭に担当させ、申請人には「スケッチ」を他の教員(横尾忠一教諭)と共に担当させることとした。

4 以上の経緯により昭和五一年四月佐野科長は申請人に対し、設計製図の学習課程、内容、指導法の体得など学生指導に必要な最少限の基礎的な設計製図技術能力を習得させるために研修を命じた。その際、時間割上は「設計製図」等を他の教員と共に共同担当させることとしたが、実際上はその指導の一部を除外し、専ら所定課題の研修を研究室で行なうように特に配慮した。中央工学校では、かねて教員に対しては常によりよい教育効果をすべく、教育水準の維持向上に努めることを期待し、課題を与えて校内外における研修を課しており、申請人に対する研修もその一環として命じられたものである。

ところが申請人は同科長が課した研修課題に対して、理由をかまえて拒否する態度に出て、同科長の再三にわたる注意を無視し、更に教務部長、学部長、次長の注意をも無視して、自ら恣意的に選択した研修課題なるものの設計に当たり、その作成した図面なるものも到底実用に堪えない代物であった。

5 その他、各種試験機械等の操作にあたっても、基礎的な知識の欠如から操作ミスが多く、旋盤、シャルビー衝撃試験機、ロックウエル硬度計等を破損せしめ、またしばしば無断欠勤し、学生指導以外の分掌業務(試験成績管理、通信教育の添削、各種委員会委員としての職務等)の面においても怠慢が多く、その他同僚と融和を欠き、年長者に対する挙措に問題があるなど申請人の不適格性について枚挙に暇がなかった。

6 昭和五一年一〇月五日、機械設計科研究室の全職員(申請人を除く八名)から中央工学校校長宛に申請人の解雇要望書が提出されるまでに至った。そこで翌六日被申請人理事長は申請人に対し、学部長、教務部次長立会のもとに前記要望書を読み聞かせ、その反省を求めたが、申請人は反省の色を示さなかった。

(四) 以上の経過を通じて被申請人としては、申請人に中央工学校教員としての技術及び知識に欠けるところがあり、かつこれを自らの研修により向上させようとする意欲もなく同校教員としての適格性と資質に欠けるものと認め、前記就業規則一三条(4)所定の「甚しい職務怠慢」及び「甚しい勤務成績劣悪」により「業務に支障が生ずる場合」に該当するものとして解雇したのである。

なお申請人に「機械設計科講師」としての適性と能力がない以上、申請人を他科に配置転換する余地はない。また申請人は被申請人が提供した就業規則所定の解雇予告手当の受領を拒んだので被申請人は昭和五一年一〇月八日右予告手当を東京法務局に供託した。

(抗弁に対する答弁)

一  抗弁一の事実は認める。

二  同二の(一)の事実は認める。

三  同二の(二)の事実のうち、被申請人が申請人の親兄弟の経歴を重視し、問題点があっても本人の自覚と研修により補うことができると考え採用し、機械設計科に配置することとしたとの点は知らない。その余の事実は認める。

四  同二の(三)の1の事実中、申請人が主任教員の補助者としての業務を行なったことは認め、その余の事実は知らない。申請人は工業教員二級の資格を有し、かつ二、三の会社にも就職しており、被申請人は申請人の採用の際面接し、具体的な授業内容を示し、その指導の可否を問うなど慎重に検討して採用したのである。また、設計製図の時間は申請人が一人で受け持ち、図面の指導から図面の評価・点数つけまで全部行なっており申請人が実務的な高度の技術能力、指導能力を有していたことは明らかである。

同2の事実中、申請人が製図実習テキストの一部改訂作業を担当し、その原稿が参考書を切りぬき編集コピーしたものであったことは認め、それが用をなさなかったとの点は否認し、その余の事実は知らない。テキストの編集については他の教員も従来から同様の方法で行なっており、その点について科長から申請人に対して特段の注意や意見はなかった。

同3の事実中、田中教諭の代りを佐野科長が担当したこと、途中検図を申請人が担当し、最終検図を同科長が担当したことは認め、途中検図を同科長が申請人と共同担当したことは否認し、その余の事実は知らない。

同4の事実中、申請人が研修を命ぜられたこと、及び研修を拒否したことは認めるが、その余の事実は否認する。右研修は後記のとおり申請人に対する嫌がらせとして命じられたものである。申請人は自ら研修として粉体輸送プラント、気送管設備各一式(以下単に粉体輸送プラントという)を設計したが、これにより当然他の機械を設計製図する技術、技能も理解、修得できるから教員としての研修も十分果している。

同5の事実は否認する。申請人の担当する実験実習の機器は広範にわたっているが、その取り扱いがわかるような状態になっていないので破損等が生ずるのであって被申請人は管理のまずさからくる責任を申請人に転嫁しているにすぎない。申請人が仮に破損したものがあっても実験器具の破損は工業技術教育にとっては日常茶飯事であり、これをもって申請人を非難することはできない。また申請人に無断欠勤等はなかったし、通信教育の添削は財団法人通信教育会が行なっているもので中央工学校教員としての職務ではないうえ、申請人のした添削について同会から苦情等はなかった。

五  同(四)の事実のうち申請人が解雇予告手当の受領を拒んだことは認め、その余の事実は知らない。

(再抗弁)

一  被申請人はもともと勤労学生(夜学生)のために短期製図技術を習得させることを目的として発足したが、伝統的に生徒に対するつめ込み教育がとられ、そのために「努鳴る」、「作品を破る」等生徒に強迫観念を与える教育方法が日常茶飯事であり、教育基本法の精神はないがしろにされ、そのために中央工学校出身者の教員は閥を作り、同校出身者以外を排除する風潮にあった。申請人がそのような教育方法をとらず、授業や飛鳥祭、体育祭などを通じて生徒の自主的な行動を育成することに徹し、無意味な私的会合や、その他の親睦会に参加しなかったことや、申請人が大学の工学部出身であったことから他の殆んどの教員が申請人に対して反感を有していた。

二  昭和五一年四月以前は、中央工学校は各種学校とされ、各科に資格のある教員二名が必要で申請人もその一人であった。ところが専門学校制度と共にその制度がなくなり中央工学校出身者のみでも足りるようになったので申請人を排除する風潮に拍車がかけられることになった。

三  教員の本来的な職務は生徒を指導することであるから、教員の研修も生徒の範たるように技術能力を高めるためのものでなければならない。しかるに昭和五一年三月被申請人は申請人に対し、研修として中央工学校二年生相当程度の図面(ボール盤、チェーンブロック、旋盤、滑券ポンプ等)を生徒と同期間内に製図するように命じた。生徒を指導すべき申請人にこのような屈辱的な課題を与えると共に被申請人は科内に教員、助手各一名を増員したのであって、右研修命令は申請人に対する嫌がらせであることが明白であった。そこで申請人は須郷教務部長(以下単に須郷部長という)に「研修であればやりたいことがある」と粉体輸送プラントの研修を具申してその承諾を得たが、同部長は間もなく再度業務命令として前記課題の研修を命じたのである。

四  以上のとおり被申請人は申請人が中央工学校の悪しき教育方法に組みしないこと、及び同校の出身者でないことを理由に排除しようとして嫌がらせの課題を業務命令として課したのであるから申請人がこれを拒否したのは正当である。また被申請人はその指摘する申請人の欠陥等について申請人に注意し、指導することもしなかったのであり、慎重に検討して申請人を採用したものである以上、突然の解雇は被申請人の指導力の責任を申請人に転嫁するものであって本件解雇は権利の濫用として無効である。

(再抗弁に対する答弁)

一  再抗弁一の事実中、申請人が各種の会合やその他の親睦会に出席しなかったこと及び申請人が大学の工学部出身であることは認め、その余の事実は否認する。中央工学校において「怒鳴る」「作品を破る」等の教育方法がとられたことはないが、中央工学校機械設計科の基本的な指導目標は「修学後は直ちに実務に携わることのできる専門技術教育」であって「手に手をとった指導」なしの申請人の主張するような単なる精神論だけではその教育目標を達することができないものである。

二  同二の事実のうち昭和五一年四月以前は中央工学校が各種学校であったことは認め、その事実は否認する。専修学校制度の発足と共に教員の資格要件は逆に厳しくなったのである。

三  同三の事実のうち昭和五一年三月に被申請人が申請人にに対し研修としてボール盤等を製図するように命じたこと、申請人が粉体輸送プラントの設計にとりかかったことは認め、その余の事実は否認する。中央工学校では教育水準向上のために全ての教員に対し、業務として所要の研修を命じており申請人に対してもその欠陥にそって矯正しようとしたのに対し、申請人がその独断と偏見からこれに応じなかったのである。

四  同四の事実は否認する。

第三疎明(略)

理由

一  被申請人は教育基本法及び学校教育法により私立専修学校を設置することを目的とする学校法人であり、その学校として中央工学校を設置している。

申請人は昭和四九年四月一日、被申請人に雇用され、中央工学校機械設計科の教員として機械学、力学演習、実験実習、通信教育等の科目を担当していた。

以上の事実は当事者間に争いがない。

二  本件解雇の意思表示について

被申請人が申請人に対し、昭和五一年一〇月七日付内容証明郵便をもって同日限り申請人を解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

三  本件解雇の効力について

(一)  (書証・人証略)

1  被申請人は修業後直ちに工業技術の実務に携わることのできる中堅技術者の養成を目的として設立された学校法人でその経営にかかる中央工学校は教育指導理念を「理論より実際」に置き、もっぱら実務的教育を行なうことを目的とする工業技術専門学校であり、昭和五一年の学校教育法一部改正による専修学校制度発足後は専門学校としての認可を受け、第一学部(昼間部)八学科、第二学部(夜間部)一〇学科のほか通信教育部(但し、形式上は財団法人中央工学校通信教育会が主催するもの)が置かれ、各科では専任教員のほか多数の学外の機械設計技師等が兼任講師として授業を担当し、前記実務的教育にあたっていた。

2  被申請人は中央工学校機械設計科の教員の欠員に伴い補充すべく、昭和四九年四月採用の予定で教員募集中であったところ、申請人がこれに応募した。被申請人は申請人が高等学校教諭二級普通免許を有し、大学機械科卒業後二、三の会社に勤務して実務の経験もあったので、とくに申請人の実務能力、勤務成績等について照会、調査することなく、面接の際に中央工学校における実験、設計製図等の具体的な授業内容を示して担当できるか否かを問うたうえ、就業規則等を遵守する旨の申請人の誓的書及び身元保証書等を提出させて採用決定し、機械設計の専任教員として機構学等の授業を担当させることとした。

3  被申請人は申請人を田中教諭らの製図実習等の副担当として補助者的役割をさせ、漸次中央工学校における教育形態、方法に慣れさせ、習熟させることにしたが、申請人は生徒の指導について必ずしも熱心ではなく、授業中積極的に生徒の間を廻って指導することなく教室の後に座っていることもあり、また授業以外の点でも日常、上司、同僚に挨拶せず、昭和四九年度の体育際、飛鳥祭企画準備委員会の委員に選ばれ、体育祭フォークダンスの企画を担当することになったが体育祭直前まで放置し、或は教員の親睦を目的とする桂風会の昭和五〇年度の幹事に選ばれたが幹事会で発言、挙手もせず親睦旅行にも参加しないなど消極的、非協調的態度をとったため、しだいに同科研究室の他の教員らとも意思の疎通を欠くようになった。

4  その後昭和五〇年四月から申請人は機械実習、手仕上げ実習を担当することになったが、各種機械の操作に習熟しているとはいえなかったので工具顕微鏡の接眼ガラス、ロックウエル硬度試験機のペナントレーター等を破損したことがあった。また授業中、生徒に機械操作を任せ、指導をせずに椅子に座っていたりして他教員に注意されることがあったが「生徒が自主的に行なうべきものである」と反論し、或は無視する態度をとったりしたので更に科内の他の教員らの反発を買うようになった。

また同月佐野科長が申請人に対して機械設計科の製図テキストの一部改訂を命じたところ、他教諭も改訂作業にあたっては他の参考書等を切抜き編集していたが、申請人の作成したテキストはたんに他参考書を切り貼りしたのみで要点の説明等が付されておらず、直ちに教材として使えるものではなかった。そこでやむなく科長らにおいて再度改訂原稿を作成したことがあった。

5  同年一〇月以降申請人は第二学部(夜間部)の「機械製図Ⅱ」を前沢教諭と分担し、週一回三時間を担当していたが、生徒には職を有して製図について知識、経験の豊富な者もあり、申請人のなした製図上の誤りについての指摘指導が不適切である旨の苦情が共同担当者の前沢教諭に出されるようになった。そこで同教諭は負担がかえって増えることになるので一人で担当させてもらいたい旨佐野科長に上申し、結局申請人分も同教諭が担当することになった。

また田中教諭の病気欠勤により同年一一月以降佐野科長と申請人が機械製図を担当することになり、途中検図を申請人、最終検図を同科長が担当したが、申請人の途中検図にはしばしば生徒の誤りについての指摘洩れや不適切な指導があったりした。そこで科長は最終検図の際に改めて生徒に指摘せねばならず、円滑な指導ができず同科長の負担にもなるため途中検図も同科長が担当することになった。

6  採用後の申請人の授業中の生徒指導状況、通信添削採点(申請人と被申請人間の雇用契約上の業務と認められる)の方法等から佐野科長は申請人には教員としての指導能力、とくに中央工学校において重視し、指導している製図についての能力が十分とはいえず、機械設計科では各年度毎に作成された指導要領のもとに各科目について指導目標が、更に各授業時間毎に指導事項が設定され、また実験、実習等は複数の教員が担当して段階的、効率的な教育方法がとられているのに、申請人が授業を担当することはかえって円滑な授業運営を妨げることになるのでまず申請人自身が設計製図の学習課程、内容、指導方法を体得し、適切に指導する能力を身につける必要があると考え、他の教員については適宜打合せて研修課題を決定していたが申請人については反発も予想されるので、須郷教務部長に対して申請人に研修として六月末までに二年生が製図している卓上ボール盤について所与の条件のもとに計算書等を付して製図、提出させ、以後順次二年生の製図課題について製図、提出させたい旨上申し、その了解を得たうえ、申請人に右課題について研修するよう命じ、時間割上他教員との共同担当になっている「設計製図」も担当を除外して実験、実習のみ担当させ、他の時間は研修にあてさせることとした。

申請人は右課題を課せられたことを不満として直接須郷教務部長宛に粉体輸送プラントの設計製図を課題としたい旨の研修願いを提出し、同部長から右製図については昭和五二年二月末までに提出することで承諾を得た。その後、佐野科長は須郷教務部長に事情を説明したうえで改めて申請人に対し前記卓上ボール盤等の製図を課題として研修するよう命じたところ、申請人は昭和五一年五月七日付書面で須郷教務部長に対して、中央工学校の教育方針は技術実務に偏している、佐野科長の課した研修課題は申請人を辞めさせるためのものである、教員には指導する能力は必要ではあるが製図する能力自体は必ずしも必要ではない旨反論し、同科長の課した研修を拒否するとの態度を示した。そこで須郷教務部長は同科長らの意見も考慮したうえ、申請人については同科長の課したボール盤等の製図が研修課題として適切であると判断し、申請人に対して書面をもって、自らの実務的経験なくして教育の効果は期待し得ないものであり、客観的にみて申請人には同科長の課した課題の研修が業務上不可欠であるから製図のほか右課題についての生徒に対する指導上の留意点や改善点等についても検討し、整理して提出するよう申請人を説得すると共に重ねてボール盤等についての研修を命じた(以下佐野科長、須郷教務部長の命じた研修命令を本件研修命令という)。しかし、申請人は、その後もっぱら研究室においては前記粉体輸送プラントの設計製図にとり組み、所定課題についての研修を実施しなかったので佐野科長が注意したところ申請人は反省し、なかば口論状態となる程であった。その後も中根第一学部長(以下単に中根部長という)らにおいて再三注意し、研修するよう促したが、申請人は聞き入れず、他の設計科教員との間も著しく融和を欠く状態となった。

申請人は昭和五一年四月から単独で手仕上げ実習を担当していたが、衝撃試験片の作成について生徒の指導が十分でなく、手直しのために他の教員に負担をかけたこともあった。そこで佐野科長はこれ以上申請人に授業を担当させることは円滑な授業運営に支障を生ぜしめると判断し、申請人を同年後期の授業担当からはずした。また中根部長は同年九月末申請人に対して研修命令に反して課された課題の製図を長期にわたって放棄している行為は就業規則五七条の譴責に処せられるべき行為であるから始末書を提出するよう促し注意して反省を求めたが、申請人は始末書を提出せず、研修課題を行なおうともしなかった。

8  同年一〇月五日機械設計研究室の全職員(申請人を除く八名)から中央工学校校長(被申請人理事長)宛に申請人は研修課題を拒否し、独自の課題を設定して行なうほど研究室内の服務を著しく乱しており、また教員としての人格識見に欠け、学生に対して不適切な指導が多く、他教員に迷惑を及ぼしているので格別の処置を要望する旨の要望書が提出された。

そこで翌六日被申請人理事長は中根部長、佐藤教務部次長と共に同要望書の内容について糺したうえ反省を求めたが、申請人は、同科職員の多くが中央工学校出身者であり、申請人を排除するための誹謗である旨反論し、従来の勤務態度を変えようとの姿勢を示さなかったので、各授業に支障を生ぜしめ、研修命令を拒否するなどのそれまでの経過に鑑み、申請人には中央工学校教員としての適格性と資質に欠け、これを補う熱意もないから、前記就業規則一三条(4)所定の「甚しい職務怠慢か、または甚しい勤務成績劣悪で業務に支障が生ずる場合」に該当するとして解雇することとし、翌七日付で申請人に対して前記争いのない解雇の意思表示をすると共に就業規則一四条(2)に基づく解雇予告手当を提供したが申請人がこれを拒んだので翌八日右解雇予告手当を東京法務局に供託した。

(二)  以下一、二及び三の(一)の各事実をもとに申請人に解雇相当の事由があるかについて検討する。

前記のとおり中央工学校は工業技術専門学校であり、実務的な教育とりわけ製図能力の習得と熟練を目的としてカリキュラムが組まれ、各科目の授業においても各生徒の自主性を前提とした一般的講義にとどめることなく、いわば「手とり足とり」して各生徒の習得度合等を厳しくチェックして技術能力の向上を図る方式がとられていたものであるが、かかる目的、授業形式等の特色の故に専修学校はその存在意義があるともいえるのであり、同校における教育形態方法が特異のものであったとまで評価することはできない。真理の追究をめざし、学生の自主的な立場を尊重すべき大学などとは教育を受ける者の社会的目的、環境等において異なっており、教育目的、方法が職業や実際生活に直結した能力を身につけさせるために自ら技術面を重視するに至るのはやむを得ないところである。申請人はこれらの点を知悉しながら教員に応募採用されたものというべく、被申請人も申請人に対して当初の一年間は専ら他教員の補助者的役割をさせて同校の教育形態方法等に馴染むべく措置したのである。もっともこの間申請人の上司である佐野科長らが申請人の勤務態度について個々的に注意するのみで生徒に対する指導技術、心構え等について特段の指導をしなかったとしても申請人は高等学校教員二級の免許を有し、大学卒業後二、三の会社にも勤務していたのであるから、自ら生徒に対する指導技術を体験し、資質経験を補うべく研讃すべきであったといわねばならない。製図等について指導すべき立場の者自身がそれらの経験、技術を有していなければ適切な指導をなし得ないことは論を待たないところである。しかるところ、前記(一)、3ないし5、7のとおり実験、実習、製図等の各授業において他教員にも負担を与え、授業運営にも支障を生じさせ、同(一)、8のとおり科内の他教員から申請人について解雇を希望する趣旨の要望書が出されるまでに至ったのは申請人に他の教員らと協調しつつ、自らの資質、経験を補い、研讃しようとの意欲に欠けるところがあったからといわざるを得ないのである。

前記(一)、6記載の佐野科長及び須郷教務部長による本件研修命令はかかる申請人に対し、製図技術を身につけさせると共に製図上犯しやすい誤り等を指摘し、作成上の要点を把握して生徒に対する教育上の実効を上げるために発せられたものである。成程その課題は二年生の製図課題と同じものであるが、前記のとおり申請人に生徒の誤りの指摘に不適切な点があり、それが申請人の製図能力ないし実務経験の不足に起因すると思われること、申請人と佐野科長との間で意思の疎通を欠き明確に伝えられなかったとはいえ、須郷教務部長が申請人に対し書面で指摘したとおり単に製図するのみでなく製図上の要点、生徒の誤りやすい箇所を把握し、指導上の改善点を整理するなど生徒指導の際の教育効果を上げることも研修目的とされているのであるから同課題は教員の主たる業務である授業に直接関連したもので中央工学校教員として採用させるまで教員として生徒指導の経験を有しなかった申請人にとって指導技術を修得できるまたとない機会であること及び申請人が希望する粉体輸送プラントの設計製図は授業とは直接関連がなく申請人が個人的に研究するものとしては格別研修課題としては適当と思われないことなどを考えあわせると科長らが嫌がらせのために本件課題を研修として課したということはできないのである((書証・人証略)によれば他の教員の研修課題、目的、方法も申請人のそれと格別異なるものではないと認められる)。また須郷教務部長は当初粉体輸送プラントの設計製図を研修課題として了解したが、佐野科長の意見も徴してこれを撤回し改めて直接申請人に対してボール盤等の製図を課題として研修するよう命じたのであり、研修のための時間についても被申請人の配慮したところであるから本件研修命令は内容上も手続上も職務命令として不当で瑕疵があるとはいえない。そうするとその後被申請人が申請人に対し再三にわたって研修課題を行なうよう説得したのに申請人はこれを拒否し、前記粉体輸送プラントの設計製図を行ない、前記(一)、7のとおり就業規則所定の始末書も提出せず、その後も研修課題を果そうとしなかったのであるから申請人は職務上の命令に違反して科内の服務規律を乱し、中央工学校の業務に支障を与えたと評価されても致し方ないものがある。

以上のとおりであるから、被申請人が申請人の勤務状況態度に鑑み、被申請人の就業規則一三条(4)の「甚しく職務怠慢か又は勤務成績劣悪で業務に支障が生ずる場合」に該当するとしてなした本件解雇は相当の理由があるといわねばならない。

(三)  解雇権の濫用の主張について

次に申請人の解雇権濫用の主張について検討するに(書証・人証略)によれば昭和五一年四月以前申請人の属する機械設計科教員、助手合計八名中、中央工学校出身者でないのは申請人とほか一名の教員のみであったこと、同月に同科では更に二名の助手を採用したことが認められるが、右二名の採用が申請人の解雇を前提としてなされたとまで一応認めるべき疎明はない。また前記のとおり中央工学校における教育が製図能力技術の修得を重視するもので、申請人がそのような実務的教育に馴染めず、科内研究室員の多くが中央工学校出身者で占められ、それらが申請人と他の教員との間の意思の疎通を欠くに至った一因であることは窺われるが、だからといって同科内において殊更同校出身者が閥をつくり他校出身者を排除する風潮にあったとはいえないのである。更に前記解雇に至る経過を考察すれば同月の専修学校制度発足後の在籍教員数についての制限の緩和と申請人の解雇との間に因果関係があるとはいえないし、被申請人の申請人に対する指導等についてみても申請人の直接の上司である機械設計科の科長らにおいてなお申請人の資質、勤務状況について適確に把握して指導、助言し、同科教員との間が融和を欠くことのないよう配慮すべきであったともいえるが、それも前記(一)の3のとおり申請人が授業外においても非協調的な態度をとっていたこと及び前記のとおり申請人が教員免許を有し、社会経験もあったことを考えると一概に非難することはできない。また研修命令が中央工学校における授業運営上の必要性のもとに発せられたもので不当とはいえず、本件解雇には相当の理由があることは前記(二)で判断したとおりである。

以上のとおりであるから本件解雇が解雇権の濫用によるとの申請人の主張は採用しない。

四  結論

以上のとおり、本件解雇は有効であるから、申請人と被申請人との雇用契約は昭和五一年一〇月七日限り終了したのである。

よって、本件申請は被保全権利の疎明に欠け、保証をもってこれに代えるのも相当でないと思料されるから、失当として却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧弘二)

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